公開: 2025.05.12

少しだけ日本語の呪縛から解かれたかもしれない

画像や文章の追加を予定しています。

はじめに

 私は以前から日本語での神学的な表現に嫌悪感を度々感じていました。それは洗礼を受けてから2年経った現在に渡って続いている現象です。
 原因はわかっており言語の差によるものです。ですから英語であれば問題がなくても日本語にしてしまうとたちまち別の概念のように感じてしまうのです。

俺が反吐が出るほど嫌いだった神とやらを信じるまで

俺が反吐が出るほど嫌いだった神とやらを信じるまで

私はかつてキリスト教を含む宗教という概念そのものが大嫌いだった。

2025.04.04

変化を知覚した

 2025年5月12日の夜のことです。先日からの心境の違いに気がつき、ついに言語化できるようになりました。
 かつてネガティブに感じていた言葉たちから、かつてほどの嫌悪感を感じなくなっているということに気がついたのです。

何があったのか

 先日、私は教会の友人たちと横浜に遊びにいきました。帰りがけで私は乗ってきた車に彼らを乗せて少しドライブをしました。
 そこで彼らは部分的に日本語での讃美歌を流したのです。
 いつも私は教会で日本語の讃美歌を聴いてもあまり心に残らないのですが、車内で再生されたものには心打たれるものがありました。

長沢崇史 - わがたましいよ歌え

NEWアルバム『いのち』収録曲「わがたましいよ歌え」ピアノ:中山告 ギター:横山大輔 ボーカル:erikagrace カホン:大内恵吏也楽譜ダウンロードーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...

 例えばこの「わがたましいよ歌え」という讃美歌ですが、教会で初めて聴いた時には「なんて変な曲なんだ」と思っていました。
 しかしなんとこの時には心地よい感覚を不覚にも覚えてしまったのです。

 他の日本語の讃美歌についても似ている現象が起こり、約一年前との違いを痛感させられました。

はばかれる祈り句

 最近まで私は日本語で祈ることができませんでした。自らに対して感じる嫌悪感を無視しなければいけなかったからです。なので得意ではない英語で祈ることをしていました。
 しかし最近では部分的に日本語で祈ることができるようになってきました。

 例えば初めは”Dear God”に相当する「神さま、」などとしています。よく聞く「愛する天のお父様」という表現はまだ無理です。
 締めについては”Pray in Jesus name”をそのまま用いたりしますが、時として日本語版も使えるようになりました。

具体的なワード集(追加の修正予定)

 日本語での表現においてポジティブ、ネガティブに感じる言葉を整理してみました。

ポジティブに感じるようになった言葉たち

引き続きネガティブを含むように感じる言葉たち