公開: 2024.11.12 更新: 2026.08.12

[下書き]俺がオーストラリアで人生を変えた話(リライト版)

アイキャッチ画像
オーストラリアのスーパーマーケットで、イチゴを見つけてその安さに驚愕して撮った写真。「1パック150円って正気か?!」って思いました。あ、味はお察しのとおりです。

目次

タイムライン

オーストラリア上陸

シドニーに到着し、ローカル便でメルボルンへ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

遊び呆ける

  • 学生寮
  • ホームステイ
  • ゲストハウス
    住む場所を点々としながらも、そんな不安定さを楽しむ。

シェアハウスを見つけて契約する

戸建てを6人でシェア。

教会を訪れる

英語を学ぶための無料交流会「English Corner」に行く。

地獄の仕事探し

外国人として仕事を探す大変さを思い知る。なんとかホテルのポーターの仕事を獲得する。

日本人牧師を質問攻めにする

教会で知り合った男性と気晴らしに出かけて、聖書について質問し続ける。
もちろん納得はしない。

ホテルの仕事が始まる

オープニングスタッフとして研修からスタート。

教会の学生コミュニティに出会う

同じ年くらいの人たちと時間を過ごすことになる。

ついに生活が安定する

仕事も家も友達もいる。

学生コミュニティでキャンプに行く

仲を深めて、共に語り合った。

洗礼&帰国

洗礼を受けて、その足で帰国した。

なぜオーストラリアへ?

理由①自分への挑戦

ずっと昔から海外に行ってみたい・住んでみたいという憧れがありました。
きっとこれを逃したら俺は海外に行くことはないだろうと思い、決行しました。

理由②当時の恋人を追いかけた

かつて交際していた彼女から留学に行くことを告げられ、それを追って渡豪しました。
ただし、私がオーストラリアへ上陸する前にはすでに関係は終わっていました。

出発の日

東京の実家でのこと

出発より前に住んでいた賃貸は解約し、実家に滞在していました。
いつものように朝食を食べ、家族に見送られながらスーツケースを引いて出ていきました。
近くの駅で空港行きの高速バスを待っていると父がお茶とパンを届けに駅まで来てくれました。

そしてし到着したバスに乗り込みました。
窓の外で手を振っている父が見えますが、私は強く目を閉じていました。

飛行機の中でのこと

初めての長距離の飛行機での移動でしたが、不安感よりも無感情といったほうが適切でした。
何のために何処で何をするのかわからないまま乗る片道切符の旅はまるで他人事のようでした。
現地では元彼女が迎えに来てくれる話しになっていたので、それだけが頼りでした。

現地に到着してからのこと

メルボルンに到着してスーツケースを受け取り、SIMカードを買いました。
しばらくすると、元彼女が現れました。
高速バスのチケットとICカード(PASMOみたいなやつ)を貰い、バスに乗りました。

再開してからバスの中に至るまで、会話はあまりありませんでした。

何をしていたのか

学生寮編

 入国日から一週間ほどは元彼女の滞在している学生寮に滞在しました。
 女子学生寮でしたが、そんなことがどうでもよくなるくらい焦りを感じる日々でした。
 ここを出てどこに行こう?誰に頼ろう?何をしよう?、人生の迷子とはこれです。

ホームステイ編

 ノーアポイントでホームステイを申し込み、一つの受け入れ先を見つけました。
価格は非常に高く、週800AUD(7万円ほど)でした。

夕方ごろ、近くの公園で約束の時間になるまで待っていました。
眼の前では小さな男の子がブランコで遊んでおり、しばらくしたら帰っていきました。
帰れる家があることは、こんなにも羨ましいことなんだとこの瞬間ほどに感じたことは有りませんでした。

ホストファミリーは線を引いており、場所だけを提供しているというスタンスでした。

受け入れ先のすぐ目の前の道路 受け入れ先のすぐ目の前の道路
受け入れ先のすぐ目の前の道路

滞在期間が終わり、ホームステイ先を出て次のゲストハウスへ向かう様子が下の写真です。
頬が痩せこけたような表情であることが自分でもはっきりとわかりました。

将来に絶望しながらゲストハウスへ
将来に絶望しながらゲストハウスへ

ゲストハウス編

 より安く泊まれる場所を探していたところ、ゲストハウスを見つけました。
 そこでは多くの人に出会い友達もできました。そこで3週間ほど滞在をして次の家を探す計画を立てていました。
 滞在費は一泊あたり45AUD(5000円くらい)くらいだった記憶があります。
 彼らは旅行で来ており、滞在を楽しんでいる様子でした。そりゃそうだ。こんなところに好き好んで苦痛を感じにくるやつなんていないのだから。

ゲストハウスで出会った愉快な仲間たち ゲストハウスで作ったパスタ チェックアウト時に現実が辛くなってとった写真
ゲストハウスで出会った愉快な仲間たち / ゲストハウスで作ったパスタ / チェックアウト時に現実が辛くなってとった写真

シェアハウス編

 ゲストハウスにずっと住んでいては月に150,000円くらいの賃料がかかるので、急いでシェアハウスを探しました。
 エージェント(家を紹介してくれる人)に片っ端から連絡してなんとかこの家を見つけることができました。どうやらメルボルンでは家が不足しているようで供給不足のようでした。
 賃料は一週間あたり200AUD、月で7〜80,000円くらいでした。

 久しぶりの個室のある生活に安堵して眠りにつくことができるようになりました。ここが私のオーストラリア生活の拠点となりました。

共有エリアの写真
共有エリアの写真
個室・寝室の写真
個室・寝室の写真

仕事について

強く決意していたこと

日本人のいる環境・日本人が優遇される環境には絶対に身を置かないこと。これを決心していました。

地獄のCV配り

 日本人としての仕事探しは困難を極めました。英語が話せず、visaにも労働の制約が課せられていたためです。
 面接にいてもvisaや英語を理由にNGとなることが多々ありました。そもそも面接の声が掛かることすら稀でしたが。

 これは片道一時間かけてバーの面接に行った時の帰りの写真です。私はお酒を飲みませんが、背に腹はかえられぬということでとりあえず面接に行くことにしました。条件が最悪なので面接途中に帰ってきました。それに遠いので通うことは現実的ではありませんでした。

「俺はオーストラリアまで何をしに来たんだろう」という絶望が毎秒繰り返されました。

絶望しながら帰りのバスを待つ様子
絶望しながら帰りのバスを待つ様子

ローカルカフェからのオファー

 そんな中、奇跡的にローカルカフェからオファー(合格通知)をもらいました。カフェのウェイターとしての勤務です。

 喜んで私は出勤しました。仕事自体はなんとか私でもできるほどのものでしたが、ここでも言語の問題は顕著に表れていました。

インターナショナルホテルからのオファー

 そして、またしても奇跡が起こります。
 カフェからオファーをもらった直後に、メルボルンにあるホテルからのオファーを受けたのです。カフェのオファーは蹴ってホテルのオファーを承諾して契約を結びました。

そのホテルはオープン前の状態であり、研修から参加することができました。
その際に、同僚の中に日本人がおり彼女から接客のイロハを教えてもらいました。
その時の実際のメモがこちらです。

同僚のメモ 同僚のメモ 同僚のメモ
同僚から貰ったメモです。

仕事終わりには同僚たちと飲みに行ったり、近くの公園に出掛けに行ったりしました。
これはその時に公園で撮ってもらった写真です。とても楽しそうです。

遊びに行ったとき
遊びに行ったとき

最終出勤日には同僚たちから寄せ書きをもらってしまいました。とても良い人たちで願わくば、もっと一緒に働きたいと思っていました。

最後に貰った寄せ書き
最後に貰った寄せ書き

教会について

なぜ教会へ行ったのか

 言語の勉強をするために、語学スクールではなく場数を踏むことで経験を得ようと考えていましたのでコミュニティを探す必要がありました。
 そこで見つけたのが教会コミュニティです。宗教は大嫌いでしたが金が無い以上、無料で学べる機会に飛びつきました。

一つ目の教会

 近くにある教会へ私は足を運ぶことにしました。そこではスモールグループで話し合いをするようでした。私は聖書を読んだことがないことに加えて英語が分からなかったので、その会話にはついていけませんでした。
 その教会へは一度行ったのみで2回目はいきませんでした。

その時の記録は残っていませんでした。具体的な日付及び場所は不明です。

二つ目の教会

最終的にこの教会で洗礼を受けることになりました。

詳細はこちらから。

Christianity

異国の地で受けた洗礼

作成: 2025.05.30 / 更新: 2026.01.21

初めの接点(English Corner)

私が英語を学ぶ機会を探していたという意図に合致するイベントをやっている教会があったのです。
English Cornerという英語初学者向けの無料英語レッスンのようなものでした。私は毎週のそのイベントの常連となり、友達もできました。

English Cornerのライフグループについて イベントの告知風景
English Cornerのライフグループについて / イベントの告知風景

そこで出会った彼らと出掛けたりすることで関係を深めるに至りました。
日本人以外の人種と出掛けることが新鮮に感じられたことを覚えています。

タイ人の友人から文化を教わった タイ人の友人から文化を教わった
タイ人の友人から文化を教わった

特にイラン人の男性と仲が良かったです。Bro、ありがとうな。

中の良かったイラン人男性
中の良かったイラン人男性

(俺の中での)伝説の宣教師との出会い

 その教会で日本人の牧師に出会います。写真の右側の人物です。
 彼は私の聖書に対する不条理で敵意に満ちた質問にも真摯に回答してくれました。それらは筋が通っており彼と話すたびに私の中での聖書への理解・認識が一新されてきたことを記憶しています。

彼に出会わなければ改宗することはなかったと考えています。

教会の日本人向けイベントでのスピーチをしている様子
教会の日本人向けイベントでのスピーチをしている様子

学生コミュニティ(STEP)との出会い

 ある日の教会サービスが終わった後の時間でのことです。

“Are you a student?” と若い人から聞かれました。私は日本の通信課程を取り同時進行をしていたためYesと回答しました。そこから学生コミュニティへ招待されるに至りました。

 English Cornerコミュニティの人たちはある程度知り合いでしたが、このSTEPという学生コミュニティのメンバーに関しては全員知らない顔で驚いたことを覚えています。
 そんな中、一人の男性が声をかけてきました。そして私は”Living Water”という名の学生コミュニティSTEP内のスモールグループへ招待されました。

STEPのスモールグループとの出会い

 総勢100名ほどの大きな学生コミュニティでしたが、その中の20人くらいのスモールグループのメンバーとなることで、より交流を深めることとなりました。

 そのスモールグループのリーダーは大のアニメ好きで、彼と一緒に映画を観に行くことになりました。
 まさか、海外で見る初めての映画が日本語音声、英語字幕のアニメになるとは思ってもいませんでした。
 彼が観たいと言っていた映画のアニメについてはたまたま(ここ重要)知っていたので見に行くことにしました。

 想像してみるとシュールで面白いです。なんせ、マレーシア人日本人男2人オーストラリアで日本のアニメ**「かぐや様は告らせたい」日本語音声**・英語字幕で見ているのですから。こんな経験をしたのはきっと地中上で私だけでしょう。

引用:https://www.animatetimes.com/news/img.php?id=1657592957&p=1&n=1

イースターキャンプで2泊した時の話

 それはそれはかけがえのないモーメントとなりました。学生コミュニティ全体で遠くにバスで行き、2泊3日のキャンプに行きました。
 到着してから画像左の絵を描き、教会サービスや交流を楽しみました。

 ある日のサービス(sermon)のこと。学生コミュニティ全体のリーダーの話がありました。その中で彼はJesusはあなたの兄であるという内容で説教をしました。これが私にとても響き、感動したことを覚えています。

一番左下の「Healer」をメンバーで描いた スモールグループの集合写真を撮った
一番左下の”Healer”をメンバーで描いた / スモールグループの集合写真を撮った
ワーシップの後、祈り、リフレクションをする時間がありました。その中でJesusが兄として手を伸ばしてくる感覚を覚えました。 ワーシップの後、祈り、リフレクションをする時間がありました。その中でJesusが兄として手を伸ばしてくる感覚を覚えました。
ワーシップの後、祈り、リフレクションをする時間がありました。その中でJesusが兄として手を伸ばしてくる感覚を覚えました。

最後に過ごした日のこと

 いつものライフグループの人たちからケーキを貰いました。「最後までなんて優しんだ・・・」と思いつつも的確な表現が見つからずにもどかしさを覚えました。

 空港へは彼らが送ってくれました。
 途中でマクドナルドに寄りましたが閉まっており、しんみりとした気持ちになったことを覚えています。

最後のお別れ 最後のお別れ 最後のお別れ
最後のお別れ

最後に寄ってもらったがしまっていたマクドナルド
最後に寄ってもらったがしまっていたマクドナルド

 別れ際に「またメルボルン来る予定はある?」と聞かれたので、「もう来ないと思う。でもまた来たいとは思っている。」と返答しました。
 社交辞令であっても来る気がないのに「また来るよ」という無責任な約束はしたくないのです。

洗礼証明
洗礼証明

空港でのこと

 空港で私はこれまでのことに想いを巡らせていました。
 「全て終わったんだ」という言葉と共に、ゲームのエンディングを見ている気分になりました。
 あるいは大好きな小説を読み終えた気分とも言えますでしょうか。「楽しかったが、もう終わり」。

スーパーマリオワールド エンディング
スーパーマリオワールド エンディング

 そんなことを考えていると目から水が出てきました。しかし、この時ばかりは感情に任せることにしました。

学んだこと

苦労から学ぶことは非常に多いということ

 日本には「若い時の苦労は買ってでもしろ」という表現がありますが、これは正しいと実感しました。
 オーストラリアでは絶望することが多かったですが、そのお陰で日本に生まれて生活できることがどれほど恵まれているのかを実感することができまし
今では日本を愛しています。

一年という時間は人生を変えるには十分すぎるということ

 オーストラリアへ住んでいたのが2023年6月までの約1年間でしたが、2022年を思い出してみると私は自堕落は生活を送っていました。
 実家暮らしで在宅ワークで正社員として勤めながらも、それ以外の時間はオンラインゲームをして過ごすという生活でした。
 趣味はゲームであり、No Game, No Lifeとばかりでした。
 しかし、帰国してからの私は打って変わって別人に成り果てました。自分のやるべきことの方向性を見出すことができたのです。

もうゲームをしている時間はありません。

言葉通り「死ぬ気」でやったら圧倒的に成長するということ

私はオーストラリアにいた時に、**「血反吐を吐いても、地を這ってでも進んでやる」**と思いながら小さな一歩を刻んでいきました。
今振り返ってみると随分と高い崖を登ったなという感想です。
当時の私にはこれを超えられる気がしないと思います。

過去の決断に固執しないこと

 過去にはITエンジニアとしての道を志してみたことがありました。そしてオーストラリアに行った時にもその夢を捨てきれずにいました。
 なぜエンジニアに拘るのか?それは私に知見があるからです。しかしながら最も成長するのはできないことをやる時です。
 そのようにして、犠牲は伴いましたがそれを圧倒する結果と恵みを得ることになりました。

人と関わることは人生を変えることに繋がるということ

 人生の分岐には必ず人が関わるということがわかりました。かつての人生の変革のポイントを考えてみても全て他人が関与しています。
 つまり、誰とも関わらないのであれば人生は変わらないということです。

「やらない後悔より、やった後悔の方が良い」は本当

 多くの人は海外なんて危ないからやめておけと言います。しかし私は行って良かったと心から思っています。きっと海外に行っていなかったら、死ぬまで「いつか海外に住んでみたい」と思いながら死んでいくことでしょう。

言語と文化は密接であるということ

 日本には日本の文化があり、外国語を学ぶことはその文化に気づかせてくれます。単一の言語のみであれば文化を言語から読み取ることは困難ではないでしょうか。

体感時間がバグるのは充実度のサイン

 恐ろしい速度で成長することができました。そのため、本当に体感時間が4倍くらいに感じました。
 つまり、3ヶ月という物理的な時間を1年くらいに感じたという意味です。

日本は恵まれていること

 日本は極めて恵まれています。
 以前の私は日本の閉鎖的な価値観に辟易としており、どこか自由を求めていました。しかし、それは如何に自分が未熟で客観的な視点を持ち合わせていなかったかということを物語ります。

失う痛みが大きければ得るものも大きい

 失うことを恐れずに挑戦して結果として失うことになっても、大きなものを得られるということです。私は家も仕事も恋人も無くなったものの、新しいキャリアと圧倒的な自己成長を得ることができました。

できなくて当たり前であると知ること

 誰でも失敗はしたくありません。そのため、「できること」に囚われがちです。しかしながら真価を発揮するのはできないことをやる時です。できなくて当たり前なのです。
 英語が話せなくても、相手を不快にする覚悟で無理やりにでも話します。そうすることで経験と能力を得られました。

おまけ編:生活について

食べ物について

自炊の記録集

オーストラリアでは何をするのも非常に高いです。そのため自炊をすることが必要でした。クックパッド先生には大変お世話になりました。
以下、実際に私が作って生きながらえた食べ物の記録です。
また、炊飯器がメジャーではなく手に入らなかったので鍋?に入れて米を炊いていました。

市販のソースを入れただけのパスタ(トマト?) パスタ(クリーム?) 最強日本食(再現版) 日本食とパスタの融合 パスタ巻いたら美味いんじゃね? 肉じゃが
市販のソースを入れただけのパスタ(トマト?)/ パスタ(クリーム?)/ 最強日本食(再現版)/ 日本食とパスタの融合 / パスタ巻いたら美味いんじゃね? / 肉じゃが

(ちなみに料理嫌いのため、外国のレシピについては何一つとして取得できませんでした)