TLCを離れることについて
私は2年ほど居た東京ライフチャーチ(以下、TLC)から別の教会に移動することにしました。
是非この門出をお祝いください。
このお知らせができることを、嬉しく思っています。
そして、これからの未来にワクワクしています。
この記事は誤解防止のために作成しています。
完全な公開情報であるため、リンク・記事の共有は歓迎です。
忙しい人のための結論
人格の成長に伴って、バイリンガルであることが足枷になるようになりました。
現状維持はせずに、次のステージに行くことにしました。
経緯
それぞれの項目に言語毎のアイデンティティの強さと遷移を表現しています。
例: 日本語◯/英語◯ (日本語でも英語でも自分らしくいられる)
TLCに初めて来る
聖書を読んだり学ぶことは英語を通して行い、日本語で扱うことに拒否反応が残る。
(日本語☓/英語◯)
TLCに馴染む
軽井沢リトリートなどを通してコミュニティに馴染む。
この頃は英語のアイデンティティとして参加する。
(日本語△/英語◯)
日本語で語れるようになる
英語ではなく、日本語でも聖書についての話や議論ができるようになる。
(日本語◯/英語◯)
日本語が好きになる
自らに与えられた日本語という母国語を大事にしたいという思いが芽生える。
(日本語◎/英語◯)
英語への違和感を覚える
英語を話すことにアイデンティティの不一致を感じ始める。
英語を話したり聞いたりすることが億劫になる。
(日本語◎/英語△)
友人が転勤する
友人が転勤したことにより、英語への違和感に向き合う。
(日本語◎/英語☓)
日本人であることが自分になる
日本語を話している自分こそが自分であることを確信する。
英語が足枷となったことをはっきりと自覚する。
(日本語◎/英語 ほぼ消滅)
お礼
まず、教会を運営されている方々・ライフグループをまとめられている方々・関わられている方々に感謝を申し上げます。
一緒にライフグループの形を考えて進められたことは貴重な時間でした。
以下、考えをはっきりと結論ベースで述べています。
全ての言葉は感謝の上に成り立っているということを改めて強調します。
移動する理由について
①と②が直接的な理由、③と④が間接的な理由です。
以下、解説です。
理由①言語
2年前は英語のアイデンティティが強く、メッセージや会話が英語であるほうが都合が良かったです。
英語で聖書を学び対話をしてきた関係上、英語の人格でのみそれらが育っていました。
しかし嬉しいことに、最近では専ら日本語のみのほうが都合がよくなりました。
むしろ英語で会話をすることに違和感を覚えるレベルです。
言語によって分かれていた人格が統合されて、日本語がより洗練されたことを示しています。
理由②成長のため
先日に友人が転勤したときに、私はなんだか「置いていかれる」ような感覚と「羨ましさ」を感じました。
先に進んでいく友人を指を咥えて見ているだけな自分がいました。
「俺も前に進みたい」、そう思ったが最後、自分の気持ちに嘘をつけなくなりました。
それらは「どうしたら変わらないでいられるか」という現状を維持するための理由探しの他なりません。
理由③物理的な距離
私の自宅からTLCまでの距離、及び他の人の自宅までの距離が離れており、気軽に会いに行ったり時間を過ごすことが現実的ではありませんでした。
幾度に渡って交流が試みられていましたが、誰かへの負担が伴うことは避けられませんでした。
理由④心理的な距離
度々感じていましたが、心理的な距離に壁があるのではないかと思っていました。
これは課題ではなく特性です。
個人的な理由の仮説
- それぞれの場所が遠い(理由③)
- インターナショナルの個人主義
- 言語・文化による壁
よくある(ありそうな)質問
引っ越しをするの?
いいえ。多摩センターの辺りに引き続きいます。
なぜ他に行くのか
バイリンガルであることが足枷になってしまったためです。友人の転勤により、それに気が付きました。
日本人として、かっこよく日本語を表現できる人でありたいと強く思いました。
次はどこの教会に行くの?
未定です。八王子・多摩近郊の日本語のみのローカル教会に行く予定です。
人間関係の問題?
良好であったと思います。
教会を離れることは必ずしもネガティブではありません。
時々TLCに来る? / 通話やビデオ電話はしないの?
どちらとも言えません。
過去に感謝をしても、振り返りたくないのです。
「英語を話す俺」というアイデンティティは過去としてTLCに置いて、私はかっこいい日本人として前を向きたいのです。
つまり、今が古い自分を捨て去る時ということです。
言われたこと
言われたことをまとめます。
日本人で海外文化を知っている人は貴重なんだ
かつてはそれを交流を広げる方向に活かしていきたいと思っていました。
英語やオーストラリアに住んだ経験から話せる人や交流できる人がいるためです。
しかし探求の結果として方向は変わりました。
それは交流を深める方向に活かしたいと思うようになったことです。
日本の文化を顧みて、日本文化やコミュニティに興味を持ちました。
日本人として日本の教会で何ができるのかを探求したくなったのです。